クリスマス    汰丸


 クリスマスまでいよいよ一ヶ月後と差し迫り、ごちゃごちゃとしてきた商店街を抜け、いよいよ自宅の前に辿り着くといったところで俺の歩が止まった。

 何故なら、家の前に見知らぬ女性が何かを待つように立っていたからだ。
 
 女性は良く見ると、どうも俺と同い年か一個上くらいの綺麗系と言ったらいいのだろうか、可愛いとは正反対の印象で俺の家を背に物憂げな表情で空を見ている。
 体系はスレンダーで足はすらっと綺麗に伸びていてまるでモデルのようだ。髪の毛はちょっと茶色が掛かっているくらいで長く伸ばしている。

 誰だろう? 俺にはそもそも仲のいい女性があまりいない。なので直ぐに特定出来るはずなのだが頭の中にはあの顔と照合する人物が一切いないのである。
 もしかして親父の愛人か何かか? それとも弟の恋人? と頭がぐるぐる回り。いよいよショート寸前になったところで。

「おっ、帰ってきた。久しぶりだね、琢己」

 どうも突っ立ってじろじろと見ていたせいか、あちらに気づかれてしまったみたいで、一番回避したかった声を掛けられるを喰らってしまった。これでいよいよ逃げられない。
 というか、久しぶり? えっ、知り合いなのか、この人。
 ちなみに俺の名前は『たくみ』と言うのだが、一応名前が一緒の人と俺を勘違いしているのではと
家の表札を遠目から確認してみるが、そこには「川見」と自分とまったく同じ苗字が書かれている木製の板があるだけで勘違いという線が消え、余計に自分を知る人物という線が強くなってしまった。

 誰だ、ホントに、俺にこんな綺麗な知り合い居る訳ないし、居たことすらない。

「ちょっと〜、女の子が喋りかけてるのに無視すんなよ」

 黙っている俺に業を煮やしたのか女性が不機嫌を隠さずに再度喋りかけてくる。これ以上は待たすのも失礼だ、それに何時までもうんうんと誰なのかを思案するより、少し喋るだけで思い出すかもしれない。

「あっ、ああ。すいません。ちょっと考え事してました」

「……何で敬語なの?」

「えっ? す、すいません……」

 どうやらこの人とは敬語で喋りあう仲ではないらしい……。敬語を使わないということは俺と結構親しい事になる。
 いよいよ親しい人に分類される事になるが、こうなると本当に分からない。何たって見覚えすらないのだから。
 そしてあちらもどうやら俺の態度が気になったのか呆れた面持ちで質問をしてきた……。

「……もしかして私が誰だか分かってない?」

 ビクっと見事に図星を指され体が正直に反応する、それを見て確信を得たのか女性は嫌味なほど盛大に溜息を一つ吐く。

「本当に分からないんだ……。呆れた」

「えと……、す、すいません」

 どうもさっきから謝ってばかりだ……。
 この会話を後に嫌な沈黙が流れ、どうしようか、土下座でもしようかと真剣に思い悩む頃に、ふっっと微かな笑い声が聞こえ、そこからはダムが決壊したように彼女は近くに民家があるのにも関わらず爆笑していた。

 時折、俺を指差して、笑いながら何かを言っているのだが。イラッとは来たが、聞き取れないし、急に笑い出したせいか内心驚いてるし、思い出せないこちらも悪いので彼女が落ち着くまでその場でじっと待つことにした。

 ようやく笑いが収まったのか息を整えるために深呼吸している彼女を見つめて、勘違いかもしれないがどこか懐かしい既視感を感じるがやっぱり思い出せない。
 
 やっと落ち着いたの彼女は目元の涙を片手で拭いつつ、もう一方の手で人差し指を立て一言。

「思い出せないならしょうがない。そんな琢己に宿題です。私は誰でしょうか? さて、答えは一週間後に聞くからね。ちゃんと考えておいてよ〜」

 そして言いたいことは言えたのか振り向いて歩いていく。どうやら帰るらしい……。本当に何だったんだ……。
 宿題とか出されたけど、思い出せなかったらどうなるんだろうと不安になり空を見ると、すっかり暗くなっていた。
 そういえば今は夕暮れ時だったと思い出し、一応女性である彼女を今から追って家に送った方がいいかなと視線を戻してみると。

 俺の自宅から、三軒またいだ家の中に彼女が入っていくのを目撃してしまった……。

 わざとなんだろうか……。それしたっては、もうちょっと去り際という物があるだろうよ……。
 
 表札を確認に行く必要もない……。あの家の苗字は『倉田』で住んでいる子供は姉が一人と妹が一人、俺の家とは正反対だ。そして、姉の名前は悠木……同世代で俺とは違う高校に通っている。

 さて、ここまで人の家の家族構成と名前まで知っているのは危ない奴だと思われてしまうがストーカーとかそういう事ではない。ただ単に俺と彼女は幼馴染で友達でよく遊びに行く仲だっただけだ。
 最近は、いや、去年のクリスマスを契機にして遊びに行くことはなかったのだが、まさかあそこまで変わろうとは……。今考えると昔の彼女に似てたかもしれないな……。

 一度、彼女の家のある方向を一瞥してからやっと自分の家に入る。
 そそくさと部屋に上がり、制服のポケットから携帯を取り出して中に保存されている去年頃の夏休みに一緒に写っている悠木を見る。
 本当に変わったなと驚愕が隠せない。
 何故なら、写真に写っている悠木はさっきまでのモデルのような体系ではなく……ちょっとポッチャリ?とした体系をしている。

 悠木とは、小中を共にし、一緒に登校したり流石に小学生時代だけだがお風呂に入ったりどちらかの家で御泊り会などもする関係で、高校は別々になってしまったが去年のクリスマスまでは二人して遊びに出かけたり、電話したり、メールしたりするほどには仲は良かった。

 しかし、去年のクリスマスまでというようにそこから急に悠木が遊びに行こうと言っても渋るようになりしばらくは電話とメールで何とか連絡を取る事は出来ていたのだが、段々と返事もなくなり俺も忙しいのかなと思い連絡することを辞め、今日彼女が自分の家に入るところを見るまで忘れてしまっていた。

 まさか、約一年ほどであそこまで変わっていようとは……。もしかして、痩せるために努力をしているのを見られたく、知られたくなかったから連絡を絶ち今の今まで秘密裏に行動していたんだろうか……。

 ありえるから困るな……。あいつそういう風に努力しているとこを他人に知られるの嫌がる奴だったし……。
 それにしても心臓に悪いぜ。マジで誰だか分かんないから久しぶりに焦ったよ。

 ちなみに悠木は当初は全然ポッチャリとはしてはいなかった、変わったのは中学に入った辺りで小学時代は適度に痩せていて顔もなかなかでとにかく元気で笑顔が絶えない女の子だった。なので同じ学年の男子からも人気があり、中学での変わりようを目のあたりにし涙した人は多い。

 そして変わりようが酷かったせいもあるのか太ったことをからかわれたり等して、元気だった性格も少し暗めになり笑顔なんてほとんど見せなくなった。
 今日、最初は誰だかは分からなかったが久しぶりに見た笑顔は変わる前そのままで、多分既視感を感じたのはこれだったのだろう。
 痩せてびっくりはした、けど、またあの笑顔や明るく元気なところを見せてくれたのは本当に嬉しい。
 大変だったろう、辛かっただろう、泣きそうだったろう、それでも彼女はやり遂げた。
 
 だから、心の中で「おめでとう」と祝福し携帯を閉じる。
 答え合わせは一週間後だ……。もう答えは分かってる。


 一週間というのはカレンダーを見れば長いなと感じてしまうが、気づいたらもう過ぎていたと感じるほどに早いもので、今回も例に漏れずあの日からちょうど一週間の今日になっていた。
 長期の宿題を一日で終わらせた後の気分で自宅への帰り道を急ぐ、さすがにこの前みたいに待たすのは失礼だ。
 それに、時期も十二月に入り、この前よりもさらに寒くなってきている。
 今日なんて朝から寒く布団から出るのが苦痛だった。学校に行くときも俺にしては珍しく首にマフラー手に手袋をして登校したほどだ。今もマフラーのぬくぬく感で寒さを何とか紛らわしている。日が沈むに連れて寒さが増してきてる気がする。そんな中を女の子一人外に待たせるというのは男として駄目な部類に入るはずだ。
 なので何時もより三倍のスピードを意識して歩く。

 商店街をそのまま突っ切り、いざ自宅の前近くまで行くと、そこには予想していた通りに彼女。

 倉田悠木が一週間前と同じ構図で物憂げに空を見上げていた。
 
 この前も空を見上げていたのが気になったので、俺も釣られる様に空を見る。そこには日が沈み夕暮れから夜空へと様変わりしている途中の空があるだけで、一番星とかはまったくなかった。
 どこか寂しさを感じる空をしばらく見て、そっと視線を戻すと悠木もこちらに気づいたのか、物憂げな表情を優しい笑みに変えて近づいてくる。

 俺も倣って彼女の近くまで寄り、ようやく話せる距離になったところで悠木から語りかけてくる。

「よーっす! 一週間ぶりっ! 元気してたか琢己!?」

 予想以上にテンションが高く小躍りしそうなくらいに陽気な悠木にテンション低く答えてやる。

「うっす。一週間ぶり……」

 軽く手を挙げるおまけつきだ。

「ん? 敬語なくなったな……。てか、テンション低くね?」

「そりゃ、寒いんだからしょうがないだろうが……」

「あんたって……寒さとか平気じゃなかったっけ?」

「今年からは寒さは駄目な野郎になろうと思ってる」
 
 彼女が言うように別段寒さが駄目というわけではなく、悠木のテンションにちょっと着いていけなかっただけだ。
 
「ふぅん、まあいいか。それよりも、宿題の答えあわせと行こうではないか!?」

 それに気づいていないのか悠木はとうとうテンションを抑えることが出来ないのか変わりまくったボディを全体に見せるかのようにクルクルと踊りだす。そして、踊りの反動を活かす様にビシッと俺に人差し指をつきつけ、

「さて! 私の名前は何でしょうか!?」

 満面の笑顔で問うてきた。俺がもしかしたら間違うかもという不安すらない期待が篭った瞳だ。
 俺としては去年の悠木がまだ頭の中にあるからか、やっぱりまだ信じられない……。間違ってたらどうしよう……。多分、悠木だと思うんだけどな……。
 不安がより一層増してきた中、言わなければ終わらないと感じ、恐る恐る悠木の期待の篭った目を見ないようにして答える。

「……倉田、悠木……?」

 答えてからの何故か出来た無言の時間に戸惑う。
 あれ、もしかして間違ってた? 
 そーっと、顔を悠木の方に戻してみると呆れた顔で溜息を一つ。

「はぁ。疑問型かよ、まったく……」
 
 と呆れ顔を継続したまま、さらに一言。

「もういいか……。ちょっとテンション下がったけど、正解。倉田悠木、お前の一応の幼馴染だよ。二度と忘れんな」

 最後の方はかなりイライラしていると見た、ここは逆らわない方がいいな……。

「は、はい。分かりました」

「それと敬語使うな……」

「ぜ、善処いた、するよ」

 辺りを不穏な主に悠木のイライラオーラが充満していくのが分かる。

「……」

「……」
 
 き、気まずい。話題変えないと、でないと俺空気に潰されちゃう!?
 何か話題を……。何だ何があるっ、捻り出せ俺! 今日の天気とか天気とか……天気とか!?
 天気しか出ねぇ! もうっ、こうなったら思いついたことをそのまま言っちまえ!

「お前、変わったな」

 いや、確かに気にはなってたけど、この話題ってしばらく談笑してからするもんじゃん、名に考えてんだ俺の脳!
 終わったと感じ、肩を落とそうとしたところで、

「そ、そうかな。やっぱり変わった?」

 ガバッと頭を上げると少し頬を赤色に染めて、恥ずかしそうに笑っている悠木。
 嫌な空気が霧散していく感じがした。
 良かった、この話していいんだ……。

「変わった変わった。最初見たとき本当に誰だか分かんなかったよ」

 今だと言わんばかりに会話に乗る。

「ああ、そういえば敬語使ってビクビクしてたね」

「しょうがないだろ……。あの時は、見知らぬ人に道を聞かれて困っちゃった状態だったんだよ……」

「何それ、馬鹿みたい」

 これを皮切りにしばらく談笑をする約一年間会わなかった埋め合わせをするようにいろんな事を話し合った。
 そして、場もちょうど良い具合に暖まったかなと思い始めたくらいで俺的に一番気になっていたことを聞くことにしてみる。本題と言ってもいい。
 自然と会話がなくなった所で間を少し空けなるべく優しくなるように気をつけながら聞く。

「どうして……変わろうと思ったんだ?」
 
 何故痩せようと思ったのか、これは失礼かもしれないし嫌な気持ちにしてしまうかもしれない、それでも幼馴染として友達として聞いておきたかった。
 好きな人が出来たからとか、このままじゃ駄目だと思ったからとか、何となくとかでも良いから、何故痩せようと、変わろうと思ったのかが知りたかった。

 悠木は笑っていた顔を瞬時に困り顔にして悩んでいる。

 答えてくれるだろうか……。頭の中で聞いてはいけなかったのでは? プライベートにずかずかと入り込むべきではないのでは? と自問自答が始まる中。

「う〜ん、約束の、ため。かな」

 困り顔を保ったまま、さっきよりも頬の色を濃くして笑顔で答えてくれる悠木。
 答えてくれたことは嬉しい。だが、気になる、約束って何のことだろう?

「……約束?」

 思ったことがつい口から出てしまった。顔もさぞかし疑問顔になっているだろう……。

「……えっ?」

 その一言に笑顔が消え、曇った表情になる。

「覚えてないの……? あの時の約束」

 聞き間違いであってくれと懇願するかのように表情をさらに曇らせていく。

「あの時? 俺と何か約束したっけ?」

 まったく心当たりがない。どんなときにどんなを約束したのだろう……。必死になって頭の中を探ってみるが結局駄目だった。
 俺のその態度に曇った表情を今にも泣きそうな物にする。

「信じらんない……」

 そう言って振り向き彼女の家のある方向に歩いていく。振り向きざまに見えた顔はちょっと泣いているように見え、急いで声を掛け肩を掴もうとする。

「あっ、ちょ、待ってくれ」

 何がなんだか分からなかった。だけど必死に手を伸ばすが。

「……もういい。……私帰る」

 はっきりとした拒絶の言葉でその場からピクリとも体が動かなくなってしまう。
 動かなければならないのに……先程の言葉が頭の中で反芻して余計に動けない。そうこうしているうちに彼女は自宅に入っていき、俺はしばらくしてから掴むために挙げていた手を、降ろした。

 自宅に帰ってからは、夕方の件が頭に胸に残り、夕飯は味気なく、テレビも全然面白く感じられず、宿題でもするかと教科書とノートを開くも集中できず、お風呂では危うくのぼせかけた。

 もう今日は早めに寝ようと思い、布団に入ってからも眼がさえ、備え付けの時計を確認するとすでに夜中の二時に突入していた。

「はぁ〜」

 今日の後半はほとんど溜息だけ出ていた気がする。
 まさか……あんな事になるなんて……。夕方のことを思い出して胸がきりきりと痛む。
 
 最低だ。約束を忘れるなんて……。
 しかも、何時も約束は忘れないように心がけておいてこれだ……。最低すぎる。

 どうやって謝れば許してくれるんだろうか……。もう駄目なんだろうか……。

 ネガティブな発想がどんどん湧き出し、いよいよネガティブスパイラルに入りそうなところで机に無造作に放り出していた携帯が振るえ着信を知らせてくる。

 深夜で静かなためか余計に音が大きく感じ、ビビってしまった。
 誰だろう、こんな時間に……。

 くだらない勧誘や友達からの変なメールだったら無視しよう。今は相手してるところじゃないんだ。

 布団を出て机に置いてある携帯を取り、開いて誰からか確認し驚く。
 送ってきたのは悠木だった……。

 急いでメールを開き内容を見る。そこには、

『どうしようもないあんたに、もう一個宿題を出す! 私とした約束を思い出すこと!! 一週間毎に聞きに行くからちゃんと思い出しときなさい!!」

 と書かれていた。
 約束を思い出す。それが俺に課せられた次の課題。
 文面はこんなんだが、この時間帯に送られるということは、相当今日のことを気にしていたんだろう……。
 あの時の悠木が最後に見せた悲しい表情が忘れる事が出来ない。だから悠木に謝る為にも思い出す、絶対にっ!。
 そう決意して了解と言う旨を書いた返事を送り、布団に再び入ってからも限界まで記憶の海を彷徨った。
 翌朝、起きると盛大に隈が出来ていた。寝落ちしちまった……。


 全くと言っていいほど覚えがないものを思い出すというのは正直無理だった。

 いつもは寝ている授業中等を使いうんうんと唸りながら、いや唸りはしなかったけど頑張ったのだが約束のやの字も思い出すことは出来なかった。

 こうなると時間というのはいつもより早く過ぎていくように感じてしまうようになり、すぐに一週間が来て答えは出せず、さらに一週間が経ち、やっぱり答えは出せずといった嫌なサイクルに陥ってしまった。

 ここまで間違えてしまうと自分の記憶力の無さや無力感を痛感させられ精神的に来るものがある。そして、何よりも一番きつかったのは俺が間違うたびに浮かべる悠木の表情だ。
 そりゃもう、あの顔を見るたびに死にたくなった……。

 しかも、とうとう期限を言い渡される始末だ。

 クリスマスの前日、イブに当たる日までに思い出すことと最初に会ったときの元気が嘘のような覇気を感じさせない声で宣告された。

 そこからは必死になって知恵熱も辞さない覚悟で頭を悩ませているのだが、全然駄目で、とうとう期限まであと三日と差し迫ってきた。

 今日は根詰まっては思い出せるものも思い出せなくなると考え風呂に入ってリラックスしてから今にあるゆったりとしたソファに座って腕を組み眼を閉じて頑張ってみたのだが、ヒットすらしなかった。

「はぁ……」

 今日までにどれくらい出したのか数えてもキリがないだろう溜息を付き、思いっきり伸びをする。パキパキとなる骨の音が少し心地良い。
 駄目だ、まったく思い出せない……。
 そもそも、去年のクリスマスって何してたんだっけ。あの頃はまだ悠木も家に来て一緒にケーキとか食べてたりしてた気がする。
 もしかして、その時だろうか、例の約束をしたのは。
 でも、あの時はケーキ食べた後はゲームして俺の部屋の漫画読んでただけで会話もほとんどなかったはずなんだよな……。
 しかも他愛無い何時もどおりの会話だったから余計に思い出せん……。

「あれ? 兄貴まだ寝てねぇの」

 両手で頭を抱え、その時にした会話を躍起になって思い出そうと必死になっているとき、不意に後ろから声を掛けられた。

「ああ?」

 振り向くと、今来たのだろう居間の扉から、我が弟、善樹がこっちを見ていた。
 
「何だ、善樹か……」

 確認してから視線を戻し、付いていないテレビを凝視する。すると隣に誰か座る気配がしてそちらを見ると善樹が座りちょうどリモコンでテレビをつけているところだった。
 再びテレビの方を向くと、素早く自分の見たいものがなかったのか無難にニュース番組にチャンネルを合わせていた。
 ニュースの上の時刻表が目に入る。
 現在時刻は十一時丁度。風呂から上がったのは九時を少し過ぎた辺りだったから、約二時間は頭を使っていたのか……。
 この集中力を試験に出せればいいんだけどな……。

「兄貴。最近おかしくないか? 何か学校であったの?」

「うん?」

 唐突に話を切り出してきた善樹にちょっと戸惑った。

「いや、何か最近さ、ボーっとしてる時間増えたし、それに元気がいつも以上にないしさ」

 気になったんだよ。とニュースを見ながら言われた。
 いつも俺に怒られて嫌ってるはずの俺にこんな気遣いを見せるとは……。

「……そんなに元気ないように見えるか?」

「見えるよ。だって昨日俺が兄貴のゲームのデータ消したって言ったら、気のない返事して部屋に入っていったじゃん。怒られないから逆に怖かったよ」

 そうか……。ってこいつまた俺のゲームのデータ間違って消しやがったのかっ!?
 この件が片付いたら……覚えてろよ……。

「それで何があったの? 弟だし悩みくらいは聞いてやるぜ」

 今度は俺を見て、笑いながら言ってきた。
 普段なら、その顔にイラッと来るのだけど、どうしてかな、そんな気すら起こらなかった。
 
 人に相談して見るのもありか……と思わせてくれる。
 だから、俺は今日初めてになるかもしれない弟に相談をした。

「――って訳なんだよ……」

「……ふぅん」

 ざっくばらんになってはしまったが簡潔に説明を終え、改めて話すと自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
 善樹は聞いてからしばらく思案顔になり固まってしまった。
 何だろう、心当たりでもあるんだろうか。

「どうしたんだ? 急に」

 気になったので聞いてみる。

「あっ、うん……。もしかしたら、あれかなって……」

 あれ? もしかしてこいつ本当に何か知ってるのか。

「あれって……何なんだ?」

 堪えきれずに間髪居れずに聞く。

「実は今年の夏休みくらいにさ。麻里母と遊んだんだよ。そしたら丁度どっかに走りに行ってる悠姉とばったり出くわして、兄貴には絶対に言うなって口止めされたんだよ」

 麻里母とはまりもと呼び、悠木の妹だ。ちなみに悠姉と善樹が言うのはご近所で俺と悠木が幼馴染であるからで麻里母ちゃんの方は俺のことを琢兄と呼んでいる。
 しかも、二人とも俺達と同じで同い年という事もありかなり仲が良い。それも心配なくらい。

「ってことは……。お前もう知ってたの?」

「うん」

 おいおい俺だけ除け者だったのかよ……。

「それで、その時に俺も兄貴と同じような質問したんだ」

 おっ、これはもしかしたら……。

「そっ、それで!?」

「それが……。顔真っ赤にして部屋に行っちゃって……聞けなかった」

 ばつの悪い顔で返してきた善樹にがっくりと項垂れる。
 そうか、聞けなんだか……。

「……そうかぁ」

「あっ、でも大丈夫。麻里母が代わりに答えてくれたんだよ!」

 力無く項垂れた俺を心配したのか、善樹からの助け舟が出てきた。

「えっ……。マジで? 何だって!?」

 勢いよく善樹の方に顔を向け、詳細を迫る。
 顔をかなり近づけ鬼気迫る思いで近づいたためか善樹が顔だけ後ろに逸らす。

「兄貴。顔……近い」

「おっと、失礼」

 低位置に戻り、続きを待つことにする。
 顔を戻した善樹はリモコンでテレビの音量を少しだけ小さくしてから改まった顔でこちらを見る。
 こいつ……いつからこんな気遣いができるようになったんだ……。
 麻里母ちゃんにでも教わったんだろうか。

「うっし、それでね。麻里母が言うには―――って兄貴に言われたから頑張るんだって。そう……言ってた」

「……」

 言葉が出ない……。
 まさか、そんなことだったとは。確かに去年俺の部屋で聞いた気がする。
 何で忘れてたんだ……。そういえばあの時は漫画読んでて眠気が凄かった気がする……。多分その時に話半分で聞いて今の今まで忘れてたんだ。

 でも、何でこの約束で痩せることを決めたんだろう……。

「兄貴? 大丈夫、兄貴?」

 聞いてから無言になったのが気になったのか善樹が心配そうな声音で尋ねてくる。

「あっ。ああ、ありがとな、善樹。お前のおかげで思い出すことできたよ」

 お礼を良い、微笑んでみせる。何か久しぶりに笑った気がする。

「そうか。じゃあ、兄貴頑張れよな」

 立ち上がり俺の肩に拳を軽く入れ、自室へと帰っていく善樹に、

「おう、ちゃんとやってくるぜ」

 手をひらひらと振って答えてやる。
 それから、居間にあるカレンダーで期限いや約束の日を確認してから、テレビを消すためにリモコンを持つ。
 ニュースは丁度天気予報、クリスマスイブは残念ながら晴れのようだ。
 テレビを消し、ソファから重い腰を上げ俺も自室へと向かう。

 さて、どうやって謝ろうか……。後、何か買っておかないとな……、時間ないし。

 

  完全に冬休みに入った今日、十二月二十四日は恋人とか恋愛に関わる人にとっては最高の休日で恋人がいない全然そんな話が無い人にとっては最悪の休日といえるクリスマスイブのある日だ。

 しかし、今日を家族とか親しい友人と過ごすことは普通の休日だろう。いつもの日常のイベント性が少し増しただけだ。

 俺も毎年、そんな普通の休日を過ごしていたのだが、今年はどうやら違うようで神様は一体何を考えているのか分からなくなる。

 空を見上げると、クリスマスだと言うのに盛大に晴れていた。
 この前見た天気予報が見事に当たったことにちょっとがっかりする。何でこういうときだけ当たるんだろうか……。当たって欲しいときだけ外れるのに……。
 これは他の物事にも当てはまる気がする。

 先日の善樹の助言から時間は無かったが何とか今日のための準備を終わらせることが出来た。
 やれやれだ……。俺が思い出すのが遅すぎるのが悪いのだが、おかげで大変だった。

 今、思い返すと再会してここ約一ヶ月をあいつに振り回されてた気がする……。
 何時もの冬休みならだらだらと暖かい部屋で過ごしているのに俺は今、寒い自宅の前で悠木を待っている。

 寒い……。あいつはこの中を律儀に俺なんかが帰ってくるのを待っていたのかと思うと少し心が痛んだ。

 なので今日は俺が一番に出て待つことにした。クリスマスに人と待ち合わせなんて初めてで少し緊張する。

 余談だが、善樹は朝っぱらから麻里母ちゃんと出かけたそうだ……。仲が良い……、もしかして……。
 いや、ははっ……そんなまさかね……。

 嫌な妄想を取り払うように正門のところに背中を預け、時間まで待つ事にする。そうは掛からずに悠木はここに来るだろうしね。

 眼を閉じ、今日することを頭の中で反芻する。それから直ぐに遠くから足音が聞こえた。
 来たか……。

 そっと眼を開け周囲を確認すると、暖かそうなコートにマフラー着用といった冬場完全防備で悠木は俺を見ていた。

 俺もマフラーしとけば良かった……。首寒い。

 悠木のマフラーを物欲しそうな目で眺めながら一言。

「……よっす、遅いじゃないか」

 いつもとは違い俺から声を掛けてやる。そのことに少しばかり驚いたのか戸惑いながらも、

「おっす、早いじゃないか」

 そう返してくれた。

 何故かここからしばらくお互い見つめあう感じになってしまい非常に気まずい……。
 俺何か変なことしたっけ?
 
 まあいい、それならこちらから話を進めようではないか……。そろそろお話を終わらせないとまずいしね……。
 
「さてと……。そんじゃま、答えあわせと行こうか……」

 俺が話を切り出したことでビクッっと微かに反応する悠木。もしかして間違えるんじゃないかと心配なのだろうか……。そうかもしれない、俺はここまで間違えた。
 だからこそ今度こそ、絶対に当ててみせる。

「……分かった。それじゃあ、どうぞ」

 覚悟を決めたのか悠木が手の平を向けて促す。
 緊張の一瞬だ……。

「俺がお前とした、約束は……。毎年クリスマスを一緒に過ごすこと、だ」

 さあ、どうなんだ……。これで正解なんだろうか……。
 今までのことがあるから最初から自信はない。善樹の話を聞いて、これだと思っただけだ……。
 でも、俺はこの約束しかないと思ってる。だから当たってくれ。

 静寂。ただただ静かに時は過ぎ、そして。

「……正解」

 今まで見たことのない笑みを浮かべ悠木は笑っていた。目元を見ると少しだけ雫が垂れそうになっている。

「もう、どんだけ待たせんのよ……」

「悪い……」

 目元に付いていた雫をそっと拭い、俺に満面の笑顔を向けてくる。
 良かった、これでやっと開放される。俺にしてみたら試験の何倍も辛かった、ここ数週間が地獄だった。
 やっと安心して年越しが出来る……。
 あっ、でもやっぱり気になることが一つあるや……。
 これは結局分からなかった、正解の約束は思い出せてもこれだけは……。

「なあ、でも何でこの約束で痩せる事になるんだ? 本当に関係でもあるのか?」

 何で痩せたのか結局は分からなかった。クリスマスを一緒に過ごす事とダイエットって関係あったっけ?

「……へっ?」

 何か言ってる質問の意味がよく分かりませんといったポカンとした表情をされた。質問の仕方間違えたか? それとも聞こえなかったのか?

「いや、だからクリスマス過ごすのとお前が痩せるのって関係あるの?」

 もう一度、なるべく簡略して分かりやすくなるように努めて問うてみる。

「……はぁ〜」

 どうしたことだろう……。さっきまでのほんわかなムードが一転してギスギスしたムードに……。
 もしやまた問題だされるのか!? 勘弁して欲しい。

「ああ、もういいや……。一応正解したしね」

 何だろう妥協してくれたんだろうか。それはそれで助かる。

「痩せた理由なんて簡単よ。そんなの……一緒に過ごす奴が軽く、そう軽く太ってたらあんたが嫌がると思って……だから頑張ってみたのよ!?」

 最初は勢いが良かったのだが最後に行くにつれて声は弱弱しくなっていた。
 何だ、そんな事だったのか。

「そんな事だったのか……」

 あっ、声に出た。
 この一言を聞くやいなや恥ずかしさで顔を赤くしていたものが怒りによってさらに赤くなる。
 やばい、凄い怒ってる……

「そ、そんな事って何よ!! 馬鹿にしてんの!」

 誰が努力した奴を馬鹿にするか……。

「ごめん、謝るよ。ただ、俺はお前がどんな容姿になろうが、それこそ前より太ろうが嫌だとは思わないよ。だって俺、お前のこと嫌いじゃないしな」

 悠木の頭にポンと手を置いてあやすように撫でてやる。髪の毛の柔らかい感触が気持ちいい。

「そ、そうなの……」

 またまた一転してしおらしく何故か右手と左手の人差し指をツンツンとしてる……。さっきよりも顔赤いかも……。

「そうだよ」

 優しく言い放ち、手を退けてやる。

「そんじゃ、今日は楽しむか!」

「へっ、きゃっ!」

 すっかり冷え切ってる悠木の手を掴み商店街のある方へと走り出す。
 今日はとことん悠木と一緒に居ようではないか。

「おい悠木。なにするよ、今からと明日の本番!」
 
 走りながら聞いてみる。約束とかプレゼントでいっぱいいっぱいで考えてなかった。

「えっ、決めてなかったの!?」

「ははっ、決めてるわけ無いだろう。女性のエスコートなんて初めてなんだから。しかもこんな綺麗な子の何てどうすればいいか分かるわけ無いだろう」

 喋りながら走ってるせいか息が切れてきた、ちょっと苦しい。

「まったくもう……。来年は期待するわよ?」

 この一年運動等をしていたためか悠木は全然息が上がる様子が無い。俺も見習おう。

「はいよ、頑張ってみる。それで何するの?」

「そうね……。まずはゲーセンとか服屋とか行きたい! それからご飯食べてイルミネーション見て琢己の家に泊まって来年の事とか話したりしたい!!」

 何か、妙な物も合った気がするけど、酸欠のためか全然気にならない。
 運動不足すぎる……。

「ああ、なるべくそうなる様に努力しよう」

「ホントに! やった!?」

 引っ張りながらでどんな顔をしているかは分からない。だけど笑っていることが分かるくらい声は弾んでる。
 ここ数日はこんな声聞けなかったからな、今からと明日は頑張ろう。
 精一杯楽しんでもらえるように、笑顔でいられるように頑張ろう。

 さて、一応買ったクリスマス用のプレゼントだけど……何時渡そうか……。
 喜んでくれるといいんだけどなぁ……。

 今からあいつがどんな顔をするのか楽しみだ。
 その顔を想像しながら俺は悠木の手を引いて走っていくのだった。

 

 

 

 

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